難病とお金のこと 指定難病医療費助成制度と見舞金②
こんにちは。今日は初夏のような気温でしたね。
家の中で身体を動かしてても暑い。。
最近ダイエットと栄養補助目的で食事を玄米にしたりオートミールをよく食べたりしてるんですが
下痢がひどい💩💩
(しょっぱなから下の話でごめんなさい)
ベーチェットでコルヒチン飲んでる方はもうみなさん経験してるかと思うんですが、
お腹下すんですよね。コルヒチン。とにかく副作用として胃腸障害が起こりやすい。
なので、もうずっと慢性的にゆるいんです。(名前じゃない)お腹が。
でもこれもムラがあって、たまにうっすら固形になったり、完全に水みたいになったり。
何度も胃腸炎かと思うことがあります。
まあでもめちゃくちゃひどい時でなければ日常生活にそこまで問題は無いのでもう慣れてきたもんです。
ところが、玄米生活を始めてからさらにお腹がゆるくなった気がする。
玄米は食物繊維が豊富なので消化しきれず下痢になったり便秘になったりする人がいるみたいなんですよね。
うーん。これは慣れるものなんだろうか。
もう少し様子みてみます。
ちなみに今家で食べてるのがこれ。
FANCLの発芽玄米。
玄米ってどれがいいのか分からなくて、有機玄米のほうがいいのはわかってるけど高いし。
これだと浸水時間も短いし、炊飯器で白米と混ぜて手軽に買えるしなにより価格も安い。
味も特に気にならないくらい普通に食べれるのでとりあえず買ってみてます🍙
玄米って炭水化物と野菜を食べてるようなもの、ってくらい栄養価があるので、これからもし食料危機になったら白米よりも玄米食にしておいたほうが少しでも栄養がとれるかな〜なんて思ってるのですが。
問題はお腹に合うかどうかよね💩
さて、難病とお金のこと 指定難病医療費助成制度と見舞金① - ゆるいのゆるく難病と生きていくためのあれこれ
のつづき。
実際に受給者証をもらうまでの流れを振り返ってみます。
2019年6月
「ベーチェット病」の診断を受ける。同時に医師から指定難病の申請をすすめられる。
神経型といわれたわけじゃないけど、髄膜炎起因なので神経型だろうなーと思っていた。
★まずは申請のための用紙を入手する必要がある!!
まだ慣らし勤務で半日勤務のことが多かったのですぐに市の管轄の健康福祉センター(保健所)へ。平日しかやってないからね。
私の住んでるところは健康福祉センターと保健センターなるものがあるのです。
どっちがどっちか分からなくてしょっちゅう間違える。
★保健所で申請のための用紙をゲット!!
初めて健康福祉センターへ。
入ってすぐ事務室的なところにたくさん人がいるんだけど、行ってもしばらく誰もきてくれなかった。ポツン。
難病の助成の申請をしたいんですけど、、と声をかけると奥のほうを案内され、担当の人が。
ご本人ですか?ときかれ、書類が欲しいことを伝えると一式をくれました。
申請のためには
・支給認定申請証
・臨書調査個人票(申請時より6ヶ月以内のもの) ※医師に記入してもらう
・個人番号調書
の用紙を入手する必要があります。
ネットで印刷することもできるみたい。
保健所では申請の方法について詳しく教えてくれました。
申請が通らなかった場合の軽症高額の医療費負担についての説明書もあり。
ちなみに支給認定申請書はこんな感じ。
(引用千葉県ホームページ)
受診を希望する医療機関を記入する欄があります。
かかりつけ医と普段よく行く薬局を記入しておきます。
原則としてここに記入した医療機関しか受給者証は適用されません。
が、その病院が都道府県から難病指定医療機関として指定されていれば受給者証に記載がなくても使用することができるそうです。
あとは保険証のコピーとマイナンバーのわかるものが必要。
その他に入手しなくてはいけないのが
・課税証明書
・住民票
というわけで住民票と課税証明書をゲットしにいかなければ!!
アイテムをゲットすべく次の場所へ。
、、、、とその前に時間のかかる臨床調査個人票から着手しなければならない。
なぜなら申請までは時間との勝負だから!!!
というのも、申請が通った場合、治療費の助成が適用されるのは申請書を提出した期日からなのです。
つまり、それ以前はどれだけ難病のために受診していようが遡って助成が適用されることはありません。
指定難病受給者証があると対象疾患への治療費は3割→2割負担に減額されます。
この差は結構大きい!!
病院の書類関係は病院の規模にもよりますが結構時間がかかります。
特に総合病院では医師のもとに行き着くまで医事課で処理をするので2週間くらいはみる必要があります。小さい病院だと早いこともあるかもしれないです。
★臨床調査個人票を持ってかかりつけ医へGO!!
(ちなみに病院までは車で20分、電車で40分、結構遠い)
受付に持っていくと、書類作成の紙を渡され記入。
書類代金は1620円でした。
多分かなり良心的な価格だと思います。
5000円くらいとられるところもあるかと。
これは公費負担には入りませんので注意。
だいたい2週間くらいかかるのでできたらお電話しますとのこと。
郵送か取りに行くか選べたけど、取りに行くことに。
というわけでそれまでの間に他の書類を準備しなくてはいけない。
★住民票と課税証明をゲットすべく行政センターへ
次のミッションは住民票と課税証明書の入手。
市役所の管轄なので、うちの地域は行政センターでできました。
ここは夜20時までやってるから便利。
身分証を持っていきそれぞれ申請用紙を記入して、提出。
両方とも1枚300円なので600円でその場で入手できました。
2019年7月上旬
書類完成の電話が!!先生早く書いてくれたみたい。
仕事の休みの合間をぬって書類をとりにいく。
そしてすぐに他の書類とともに健康福祉センターへ提出に。
★書類提出し申請完了!!
これで申請は完了!
申請がとおれば、この日から医療費助成の対象期間になります。
うちの都道府県では申請まで3ヶ月ほどかかります。といわれました。
できた受給者証は取りに行くか切手を渡して郵送か選べます。
実際に窓口で減額されるのは受給者証が手元にきてから。
この間はずっと、申請が通るかどうかもやもやして過ごすことになるのです。
ちなみに臨床調査個人票では
[不完全神経ベーチェット]
"StageⅣ"の記載
おそらく特殊型ベーチェットの場合は症状が顕在化していればⅣかⅤになると思います。
これで通らないことはないだろうと思っていましたが、不完全だし通らないこともあるかも、、と何度も検索してました。(笑)
というわけで申請までの流れはこれでおしまい。
受給者証を受け取れるまでまだまだ先は長いのです。
③につづく
難病とお金のこと 指定難病医療費助成制度と見舞金①
こんばんは。
昨日YouTubeの燃焼ダンスとHIITトレーニングをやったら全身がいいかんじに筋肉痛。
痛いっていうよりだるいに近い。
家にいるほうが健康的に動ける気がするひきこもり気質。
そもそも病気になってから体力温存に意識が向いて、休みの日も家にいることが多いので、自粛生活が実はそんなに苦でないんですよね。
昨日やったトレーニングはこちら。
【地獄の11分】マンションOK!キツイけど病みつきになる痩せるダンス!〜ノリノリ音楽で飛ばない腹筋ダイエット〜【#stayhome】
The Six-Minute Full Body HIIT Workout
HIITきつかった。。
普段からトレーニングしてる人は余裕なのかもしれない、どうなんでしょう。
でも運動した後の疲弊感はきもちいですよね。
体調がよいときはできるだけ体動かすようにしています。
いやーYouTubeってほんとにすごいサービスだよね。
世界各国のありとあらゆるコンテンツが無料でみられるなんて。
日本のテレビより100倍有益だと思う。
情報の質は色々なので見極める必要はありますけどね。
ということで、前回
難病とお金のこと 入院編 - ゆるいのゆるく難病と生きていくためのあれこれ
のつづき。というか第二弾です。
入院費に関しては高額療養費制度と医療保険を駆使して支払いが1/4程度におさまりました。
入院費9万くらいならなんとかプラスの出費としてもOK!!
と思いますよね、でもそうじゃなかった。
以前もちょろっとお話しましたが、入院期間、有給を使い切ったあとは無給です。
つまり、その時点では大丈夫でも1ヶ月後、2ヶ月後の生活への不安。。
ちなみに雇用で社会保険に加入している方はご安心を!!
病気や怪我で入院した場合(連続した3日を含む4日以上の休業)
傷病手当が適用されます。
→業務上以外の病気や怪我で仕事ができなくなった時にもらえるお金。
詳しくはこちらにわかりやすくかかれています。
また、今は働けなくなったその時にようの保険も出ていますね。
これの問題は支給の制限。自宅療養が含まれない可能性があるので注意です。
私の場合は職場が医師国民健康保険に加入していたので(小規模クリニック勤務や歯科医勤務の人は保険に要注意!!!)傷病手当なるものがなかったのです。
つまり、休んでいた1ヶ月ほどはほぼ無給。
(入院する前1週間、入院した2週間、退院後1週間)
加えて、その後は時短勤務にしてもらっていたので、仕事復帰してからも今までのような給与はもらえませんでした。(だいたい半分から2/3くらいになった)
それでも出て行くお金は変わらない。減って行く貯金。
毎月定期受診をするので病院代も薬代もかかります。
病気になるってお金がかかるのよ。
そこで毎月の治療費の助けになるのが
指定難病医療助成制度です。
指定難病と診断された場合に国から上限を超えた分の医療費の補助を受けることができる制度です。
が、指定難病になったからといって全員がこの制度を受けられるわけではありません。
「ベーチェット病」の場合は重症分類のStageⅡ以上が助成対象と言われています。
これは医師が記入する臨床調査個人票をもとに、各都道府県が審査を行い認定の可否を決めているそうです。
実際には個人票の書き方にもコツがあるようで、書き慣れている医師に書いてもらうほうが通りやすいなんて話も、、
StageⅡ以上の状態でも申請が通らなかったという話も結構ききます。
あと安定したから打ち切りの話も。
重症分類についてはこちらを参考にしてください。
臨床個人票はかかりつけ(ベーチェットを診断、もしくは継続してみてくれている医師)に書いてもらうんですけど、これタダじゃないんです。
当たり前ですけど、書類作成料がとられます。
そして保健所や病院を行ったり来たりする手間もかかります。
元気な時には簡単なことも、弱っている時はなかなか大変なことが多いんですよね。
なので、指定難病と診断されたからといって全員が申請すべきかと言われるとそうじゃない場合もあります。
お金をかかえて手間をかけて申請が降りなかったら悲しいですよね。
膠原病内科の先生などはわりと申請に慣れている先生が多い印象なので、とりあえず医師に相談してみるのがいいと思います。
私の場合は医師のほうから申請をすすめてくれました。
制度の詳しいことはこちら。
次回、実際に申請をしてから受給者証を受け取って使うまでの流れを振り返っていこと思います。
とにかくね、とにかく受給者証が手に入るまでには時間がかかるんです!!
難病とお金のこと 入院編
こんにちは。
在宅ワークになって暇な時間に脱出ゲームにはまっています。
おすすめはこちら。
去年友達と東京メトロの謎解きゲームに参加してからちょっとはまっているんですが、ビビリなので怖い系とかしーんとしてる脱出ゲームって不気味で苦手なんです。
が、このゲームはストーリーやキャラクターが作り込まれていて絵本のような脱出ゲームなんです。
謎解きのレベルは、私はヒントを開かないと解けませんでした笑
お家でお暇されているかたはぜひ☺︎
さて、、今日はお金のお話です。
前回までのお話
私が難病と診断されるまで⑧ - ゆるいのゆるく難病と生きていくためのあれこれ
でちらっとお話しましたが、入院に検査が加わるとかなり高額な医療費がかかります。
そこで私が使ったのが
- 高額療養費制度(自己負担限度額認定証)
- 医療保険の医療特約その日から
のふたつ。
まずご存知のかたも多いと思いますが、高額療養費制度。
これは誰もが受けることができる制度のひとつです。
きいたことあるけど、どうやって受けられるの?と思うかたも多いと思います。
私も今回入院するまで使い方を知りませんでした。
高額療養費制度とは、医療費が一定の限度を超えた場合には超えた分のお金が返ってくるという制度です。
ちなみに昨年の入院の時の費用はこちら
このうち、個室代や食事代を差し引くと治療や検査にかかったのは約20万円くらい。
私の限度額は9万円くらいになったので、約11万返ってきました。
限度額は年齢や所得によって決められていいます。
詳しくは私が説明するよりわかりやすいのでこちらへ。
もちろん入院じゃなくても治療が高額になれば使えます。
が、先進医療では使えない場合もあるので注意が必要。
また、月をまたぐ場合も注意が必要ですね。
そしてポイントは、お金が戻ってくる、ということ。
この戻ってくる期間は加入する保険によって異なります。
私の場合は3ヶ月以上はかかる、とのことでした。
つまり、来月の家計がすでに厳しい!!なんて時にも一時的に窓口でまとまった金額を支払わなければならないのです。
なかなか厳しいですよね。
そんな時に助かるのが限度額認定証
うちの母が入院してすぐに申し込んでくれたものです。
これを持っていると窓口で会計時にすでに限度額以上の分を差し引いた額で請求してくれます。
ちなみに、これも加入している保険によるようなのですが、限度額認定証を申し込んでから発行されるまでは1〜2週間かかることがあります。
なので、入院したらすぐに!!すぐに申し込むようにしましょう。
もともと予定入院の場合は事前に自分で準備しておけばいいんですが、大体体調悪くなった入院って急ですよね。
緊急入院では自分で申請なんてできないと思うので家族や親しい人にこの制度についてよく知ってもらっておくといいかもしれません。
ちなみにこの認定証は有効期限がある(これも保険による)ので、あまり長期的に同じものを使うことはできません。
もし心配な人は常に更新して持っておくといいかも。
申請書は保険会社に郵送のことが多いと思います。
もう保険とかなんだかよくわからない、自分の保険って何??って場合はとりあえず自分の保険証をみて保険者名称ってところの名前を検索して電話して聞いてみましょう。
「限度額認定証が欲しいんですが」ときけばOK!!
多分それが確実です。
ちなみに、私はこれが退院してすぐ自宅に届きました。(申請から2週間)
ちなみにポストには入れてもらえず対面で受け取らないといけないので注意!
でも、3ヶ月待つことなくすぐに返金してもらうことができたのです。
保険から振り込まれるのを待つのではなく、病院の窓口で返金に応じてもらえました。
助かった🥺
入院時に窓口で母が「限度額認定証を発行しているんですが、間に合わなかったらどうすればいいですか??」と聞いたところ、発行された時点で持ってきていただければ返金します。
とのこと。
なので一時的にクレジットカードでお金を払い、数日後に超えた分を返金してもらうことができました。
これがどの病院でも同じなのかはわかりませんが、とりあえず聞いてみる価値はありそうです。
というわけで、私の支払い額は適応されない分の17万を足して26万ほどになりました。
払えないわけではないけどきつい。。
そこでもう一つ助かったのが医療特約保険!
医療保険って入ってますか??
私は全然自分でよく知らなくて、母親が加入していたものを社会人になってから自分の名義に変更しただけです。
そこで加入していたのが養老保険の入院特約プラン!その日から!
保険のことは詳しくないのでよく説明できないのですが、入院初日から入院保険が下りるタイプのものですね。
特約をつけると保険料が高くなるので、元気な人はつけてない人も多いと思います。
というのも、兄弟3人でこの保険に入っていたのは私だけで上2人は加入していないらしく。
もともと病弱で入院がちだったので加入していたんでしょうね。
一般の保険だと入院日数がある程度あってから保障がおりるパターンが多いようで、そうするとカバーされる分が少ないんですよね。
私の場合、1日12000×入院日数分のお金がおりました。
退院してすぐに
・保険証書
・病院の領収証
・退院証明書
・免許証
・印鑑
をもって郵便局に行って保険窓口で申請。
1週間かからずに入金されたと思います。
これがほぼ個室代の料金と同じくらいの額だったので、
これで私の支払い額は自己負担限度額の9万円に収まったのでした。
この時ほど保険に入っててよかったーと思ったことはありません。
実際、無料の部屋で入院していればかなりプラスでお金がもらえたということになるんですよね。
しかし!!お金の問題はこれだけでは終わらない。
その続きはまた次回。
私が難病と診断されるまで⑧
こんばんは。
お家時間いかがお過ごしでしょうか。
最近家飯にも飽きてきて毎日献立考えるのが苦痛です。
もう色々とね、自粛に関しても言いたいことが山ほどあるんだ。
でも診断の巻を早く書き終えたいので、
私が難病と診断されるまで⑦ - ゆるいのゆるく難病と生きていくためのあれこれ
のつづきです。
退院後は2週間で再診でした。
ちなみに仕事は退院後1週間はお休みをもらい、その後時短で少しずつ身体をを慣らしていくことになりました。
ありがたいですよね、本当にありがたいけど何が困るって
収入がない
もともと少ししか残っていなかった有給は入院期間の前半ですでに消化済み。
これも後々お話するんですが本来、社会保険に加入している会社員は4日以上の病欠の場合には傷病手当というものが支給されるんですよね。(給料の2/3が支給)
これは自営業などの国民健康保険では支給されません。
ではなぜクリニック勤めの私が支給されないのかというと、個人経営の小規模のクリニックでは多くが医師国民健康保険に加入しているから!!
今までわりと大きな病院に勤めてきたので、当たり前に社会保険に加入していて当たり前に手当てを受けてきたのでそんな仕組みや違い知らなかったんですよね。
医師国民健康保険の場合は都道府県ごとに規定があるので、保障もまちまちなのですが、
東京都医師国民健康保険には傷病手当が存在しません。
なので、当然、有給が終わったら収入はゼロです。
それでも当時は少し蓄えがあったのと、元気になることが優先だったのでお休みや時短を優先しました。
少し脱線しましたが、2週間後の再診。
2週間の入院生活(その半分以上は寝たきり)を終えて体力や筋力はかなり衰えていまして、しばらくは自宅の階段を登るだけで疲れていました。
ここでい遺伝子検査の結果と骨髄検査の結果を聞くのですが
結果としてどちらも異常なし。
遺伝子検査に関してはHLA−B51ではありませんでした。
ということは、、??と思ったのですが
膠原病内科の主治医からは、今までの症状と経過からベーチェット病と診断していいだろう、とのことでした。
また、発症の経過からして重症といえるので、難病の申請をした方がいいとすすめてくれました。
忘れもしない6月13日。
この日は母親の誕生日でした。
診断がつかないままの退院だったので家族もさぞもやもやしていたことでしょう。
それでも、母親の誕生日に難病の診断を受けたことを報告するのはとても心苦しかったのを覚えています。
子どもの頃から入院ばかりであまり健康な子どもではなく、いつも私の体調を心配していた母。
ネットでも色々と検索していたようですが、きっと健康に産んであげられなかったことを悔やんでいるんだろうな、と思うととても申し訳ない気持ちになります。。
できる限り、両親に心配をかけずに生きていきたいなあと思っています。
最近は結婚しないことが心配の種のようだけどそこは許して、、笑
ということで晴れて(?)難病の診断を受けた私。
ショックじゃなかったわけではないけど、今までの体調不良の原因が分かったことで少しスッキリした気はします。
いままでは自分が甘いのかとか、怠けているのかとか、体調が悪くなるたびに罪悪感を感じていたので、病気のせいだから仕方ないんだ!と開き直ることができたのかな。
そしてこの頃、病気アカウントのTwitterを始めました。
私にとってはこれが大正解だったと思っています。
今もTwitterだいすきです。笑
少ないベーチェット病の患者もTwitterで探せばたくさんいるし、同じような悩みを共有できたりアドバイスをもらえたり、友達には到底晒せないような闇モードを晒したり、とにかく自分を受け入れてもらえる場ができたのは、メンタルケアにも大きかったなあ。
患者同士で患者をサポートするピアサポの存在もこの時知りました。
使い方は色々だけど、コミュニティを作るのは良いことだと思います。
長くなりましたがここまでで診断されるまでのお話を終わりにします。
この後は
・難病助成の申請について
・難病もちの転職について
・もらえるお金について
などまとめていけたらいいなあと思ってます。
私が難病と診断されるまで⑦
こんにちは。
緊急事態宣言が全国的になりましたね。
はたして5月6日には少し終息へ向かうのだろうか。。
毎日在宅勤務なので、ちょこちょこウォーキングに出かけたりラジオ体操を日課にして少しでも運動不足解消してます。
YouTubeのおかげでおうちでもヨガだったり筋トレできるから便利ですよね〜
昨日やって気持ちよかったのがこれです。
ヨガってあんまりやらないけど、すごいリラックスできるし冷え性なんだけど足先までぽかぽかする〜
さて
(私が難病と診断されるまで⑥ - yujugem1222のブログ)
のつづきです。
頭痛や発熱が落ち着いてからは、髄膜炎の原因精査になりました。
入院時の主治医は内科の先生でしたが、
・消化器内科
・神経内科
・感染症内科
・婦人科
・膠原病内科
・眼科
・皮膚科
それぞれの先生が代わる代わる診察に。ついでに研修医の医師のついてまわるもんだからいつも5、6人回診に来たりしていました。笑
ほぼ毎日血液検査の日々。
あまりに血管がとれないので末梢点滴ではなくPICCカテーテルをいれることになりました。
おかげで毎日刺されなくなった!!
治療に関しては抗生剤や抗アシクロビルが中止になり、ステロイド点滴とコルヒチンの内服がはじまった、、??
(治療に関してはぼやーっとしているうちに薬が増えたりしていたのであまり覚えてない)
気づいたころにはコルヒチンを飲んでいました。笑
段々と頭痛も熱も落ち着くが、入院時の担当医(内科)によると
「うーん、どの薬が効いたのかよくわからないけど、おそらく免疫力が勝った自然寛解かも??」と。笑
感染症は否定的ということで疑わしきベーチェット病の精査に入ります。
私は自分で入院前からベーチェットの疑いについても話していた。
ちなみに入院前に検査したヘルペス検査は陰性でした。
(ヘルペス抗体がないので過去にもヘルペスにはかかっていない可能性が高い)
・胃カメラ
・大腸カメラ
・骨髄検査
→私の場合、ベーチェットで上がるはずの白血球が低かった(WBC2000−3000台)ので血液疾患も疑われていた。
・造影MRI
・眼底検査
・遺伝子検査
全身の健康診断を受けた感じで検査をしましたが、全ての検査で異常なし。
ちなみにベーチェット病の遺伝子検査は血液検査ですが、これは保険適応ではないので実費になります。
2万円くらいだったのかな、、??
遺伝子検査は、ベーチェットの診断をつけるのに補助的に使われるようです。
→「HLA-B51という遺伝子の型がベーチェット病と関係があるということが明らかとなってきています。 HLA-B51は、日本人全体では15%が陽性ですが、ベーチェット病患者では約60%が陽性となり診断の参考になります。ただし、HLAの型は保険診療では測定できません。」
単体でみると結構高額だけどもう散々検査しまくって高額な医療費になることは覚悟していたなので受けることに。
ちなみに退院間近に受け、結果までは2週間ほどかかるので結果は退院後となりました。
ちなみに骨髄検査の結果も時間がかかるので退院後に。
血液疾患orベーチェット病orその他、、、
という疑惑を残したまま退院となりました。
ちなみに約2週間で入院費は約40万でした。
医療費は半分くらいであと半分は個室代。1ヶ月分の給料よりたけーよ
入院時1日2000円の有料4人部屋に入ったんですけど、頭痛がひどすぎて周りの物音がさらに頭痛を悪化させていたのですぐさま個室に移動してもらい、そのまま体調がよくなるまで個室(1日15000円)にいたので。
普段だったら払わないけど背に腹は変えられえない。。
そこで頼りになるのが高額療養費制度。
なんとうちの母親は私が入院したその日にすでに限度額適用認定証を申請してくれていたのです。
なんてできる母親なんだ。
ご存知の方も多いかと思いますが、これを使用することで一定の上限額(所得による)をこえた医療費は支払う必要がなくなります。
ただし室料差額や病院食代、一部適応されない先進医療もあります。
一度払ってから返還措置も可能なのですが、お金が戻ってくるまでタイムラグがあるので、事前に限度額適用認定証を申請してもらっておくと、窓口での支払いがすでに限度額のみの支払いとなります。
ちなみに私の場合は限度額が9万くらいだったので、それに+差額ベッド代15万くらいでした。
あとはかんぽ生命の入院保険がおりたので実質支払いは9万くらいですみました。
保険入っててよかった。(これも病弱だった私のために子どものころから母親が入っていてくれた)
お金のことに関しては、別の記事でまとめていきたいと思います。
そんなわけで無事退院し、ドキドキの退院後再診へ。
私が難病と診断されるまで⑧につづく。
もうラストスパートです!!
他にも色々かきたいことがあるんだけどなかなか進まないなあ。
私が難病と診断されるまで⑥
途中まで書いた下書きが消えていてショックですが
懲りずに続けます。
私が難病と診断されるまで⑤ - yujugem1222のブログのつづき。
あともうすこしで診断つきますのでもうしばらくお付き合いを🙇♀️
総合病院を受診するもまたもやふらふらになりながら帰宅。
下がらない熱、、激しい頭痛、そしてそれに伴う嘔吐。
もはや昼も夜も分からずただただ布団の中で耐えるしかない。
もうベッドから一歩も動けず水分すらとれませんでした。
まる1日耐えたもののもう限界でした。
仕事帰りの彼氏にどうにか入院したいと伝えると昨日受診した病院に電話をいれてくれてもう一度救急外来を受診することに。
彼氏におぶられて救急外来へ。
救急の医師にもう自宅にいるのは限界であることをただただ伝えました。
そのまま救急外来で検査に突入。
・採血(とれない)
・造影CT検査(あつかった)
・腰椎穿刺(いたかった)
を行い
髄膜炎の診断で入院することになりました。
この時の症状は
・40度の発熱
・激しい頭痛と嘔吐
・項部硬直(これが髄膜炎の特徴)
・激しい倦怠感
・陰部の多発潰瘍
・口内炎
でした。
とにかくがんがん頭が痛くて身体を動かすたびに嘔吐してました。
記憶はとびとびでしたが、入院時のカルテには「意識混濁あり」と記載されていたよう。
(あとから主治医にいわれた)
ストレッチャーで運ばれ病棟についたのは早朝5時ごろ。夜勤さんごめんなさい。
その時はとにかくめちゃくちゃのどが乾いていて、水が飲みたかった。笑
さて、ここで先ほど診断された髄膜炎についてですが
髄膜炎には大きくわけて
【細菌性髄膜炎】…名前のとおり何かしらの細菌感染が原因
重症化しやすく成人での致死率は20%。後遺症も多い。
細菌性と比べると重症化しにくく軽快する率が高い
があります。
細菌性髄膜炎の場合はすぐに治療を開始しないと命に関わる危険性が高いので、髄膜炎の場合はまず抗生物質の投与が優先されます。
細菌培養の結果はすぐにはでないので
入院してしばらくは大量の抗生剤と抗アシクロビル剤を投与されていました。
陰部の潰瘍ももうなかなかにフィーバーしていて、とにかく満身創痍。
トイレに行くのも辛い(痛みもつらいし動くのもつらい)ので医師に頼んで膀胱留置カテーテルをいれてもらいました。
これでトイレに行かなくてすみます。
なかなか入らなくて3人の看護師さんにかこまれて恥ずかしいけどもはやそれどころじゃない。
相手はプロだ、、、となんども念じて目を閉じました。
入院後も数日間熱が下がらず、何よりもひどい頭痛。
今思えば頭上にあるライトのスイッチすら自分で押すことが出来なかった。
モニターやバルーンやら点滴やらであちこちつながれていて高熱と痛みと吐き気にうなされ身動きもとれず、
「これは頭おかしくなりそうだ」とぼやーっと思っていました。
そりゃ高齢者はせん妄(環境の変化で起こる一時的な認知機能障害)になるわ。
点滴でアセリオ(解熱鎮痛剤)を使用していましたが効果はほとんどなし。
おまけに使用回数も限られているのでなかなか痛みから解放されず。
みかねて先生が麻薬製剤のフェンタニルを使用を決めてくれました。
これの効果がすごいんです。さすが医療用麻薬。
フェンタニルは一般的に聞かれるモルヒネなんかと比べる鎮痛効果が強く、副作用はマイルドです。
とれない血管で看護師さんを困らせながらなんとかルートキープしてもらいフェンタニルを投与。
しばらくはフラッシュとよばれる頓服を頻回にして流量アップしていましたが(持続的にいれている一時間流量を急速投与する)
一定量入るとあれほどしんどかった頭痛はほとんどなくなりました。
入院3日目にしてやっとすこし落ち着けました。
その時の検温で「すごい楽です〜」って言った時に体温が39.6℃で看護師がすごい声を出していたのを覚えています。。
フェンタニルは解熱はしないんだよね。笑
が、とにかく眠い。
マイルドな副作用でも流量増やしたらやっぱり眠いんですね。
常にうとうとしていて声をかけられると目を覚ますくらいのレベルだったと思います。
あやうく褥瘡できるかと思った。
そんなこんなでやっと苦痛がほんの少しだけ緩和され、ここから検査の日々がはじまるのでした。
今日はここまで。
私が難病と診断されるまで⑦ - ゆるいのゆるく難病と生きていくためのあれこれ
につづく。
私が難病と診断されるまで⑤
こんばんは。
更新が遅くなってしまいました。
緊急事態宣言がされ、私も職場のはからいで在宅勤務となりました。
免疫抑制剤を飲んでいるので危険、ということで他のスタッフが外回りに回ってくれています。
ありいがたいけどみんなが心配😢
さて、
私が難病と診断されるまで④ - yujugem1222のブログ
の続きです。
救急外来受診後、彼氏に抱えられ帰宅。
抗生物質と、解熱鎮痛剤としてボルタレン坐薬が処方されました。
帰宅後は坐薬を使用するとものすごい発汗の後久々の36度台に解熱。
やっと少し休めると思ったのも束の間、また5、6時間すると激しい悪寒におそわれる。
この時には時間の感覚もあまりなく、熱が下がった時に少し寝て、上がってを繰り返していました。
それでも内服に比べると効果はテキメン。
熱が下がると頭痛もなくふらふら動き回れるくらいでした。
鼠蹊部のリンパは日に日に大きくなり痛みもましてくる、明らかに風邪ではないだろうと思いどこかきちんと診断してくれる病院はないかと考え、熱が下がっている間に元血液内科を専門にみているクリニックを受診。
鼠蹊のリンパの触診もされましたが、血液疾患(悪性リンパ腫など)などの悪いものではなさそうとのことで、ここでも抗生物質を飲んで自然に熱が下がるのを待つしかない、といわれました。
救急外来でもらった坐薬は全部で3つ。
熱が上がるごとに使っては1日でなくなってしまいます。
この夜も熱との闘いでひたすら布団の中で耐え続けるしかありませんでした。
そして気づくと口の中に大きな口内炎
そして感じる陰部の違和感
蘇る悪夢。
(これはヘルペスだ。。。)
このままではまたあのひどい排尿痛を味わうことになると思い、婦人科を受診することを決めました。
その日はもう夜だったのでその時のために残りの坐薬はとっておくことに。
そして翌日、ウーバータクシーを利用し婦人科へ。
Ubertaxi使ったことありますか?
Ubereatsのタクシー版なんですが、アプリで近くにいる登録されたタクシーを配車できて、登録したクレジットカードで支払いがされるのでその場での支払いもいりません。
先にアプリで行先を指定することもできます。
が、ここに一つ問題が。
最初に配車予定だったタクシーが行先入力したとこでキャンセルになったのです。
おそらく行き先が産婦人科だったから。
妊婦だと思ったんでしょうね。
病人や妊婦を乗せるのを嫌がるタクシーも多いのです。
すぐに別の運転手さんが来てくれて自宅前までつけてくれました。
Uberでは車の車種を選ぶこともできて、普通のタクシーよりかなり広めです。
この方は私と同世代の娘さんがいるようでとても親切に対応してくれました。
引っ越してから婦人科のかかりつけがなかったので近くの婦人科につけてもらおうとするとなんと休診。そのままタクシーの中で別の病院をさがしなんとか隣町の婦人科を受診できることになりました。
タクシーの中から事前に電話をし、受付で問診票を記入。
39〜40度の熱が4日ほど続いており陰部に潰瘍ができている、と記入したところで受付のスタッフが医師に確認します、と。
しばらくして帰ってきたスタッフから
「先生からうちではみれないから大きい病院にかかったほうがいいとのことでした」と。
まじか
まあそうなんです、町医者でできることは限られていますし今思えばこの先生の判断は正しかったと思っています。
でもなんとかたどり着いた病院、もうタクシーも帰ってもらったところで、、
受付で総合病院を紹介してもらい、そちらに向かうことに。
この時点で金曜日の16時。もちろん総合病院の診察時間は終わっています。
紹介状ってもらえますか?と聞くと
「うちではみてないのでかけません」と。
まじか
いや、そうなんだよそうなんだけど。
自分も総合病院に勤めていたからわかる。時間外の総合病院に紹介状なしは受診のハードルが高い。
ご自分で電話してかかってくださいとのことで、病院をでてその場で急患受付の番号へ電話。
『40度近い熱が4日前から続いていて、頭痛と嘔吐があり陰部に潰瘍ができてるんです』と伝える。
この時はヘルペスだとおもっていたので婦人科受診希望と伝えると、それでは月曜日の受診をお取りします。と。
月曜日!!!!
それはしんどいと電話口で伝える。すると受付スタッフから救外看護師に代わってくれて、もう一度病状を伝えるととりあえず内科でみますとのことで救急外来で受け付けてくれることになりました。
看護師さんありがとう。(泣)
近くでタクシーを拾い総合病院へ。
まだ解熱剤が効いておりなんとか動き回れたので問診票を記入し座ってまつことに。
寒い。
外の気温にあわせて薄着できてしまったことを後悔した。
解熱剤が切れた寒気が襲ってくる。
身体を縮こめて待つも震えが止まらない。身体全体がガタガタ震える、
途中通りかかった医師が気付き中に通してくれた。
採血や点滴の指示が入りましたがシバリングで末梢の血管はしまってしまってるので全然採血がとれない。。
何度もさされ結局鼠蹊の動脈から採血することに。
採血と血液培養をとり点滴で解熱剤を入れてもらった後、産婦人科の先生が残っていたとのことでみてもらえることに。
ヘルペスのぬぐい検査をし、結果は1週後になるとバルトレックスを処方される。内科でも週明けに再診するとのことで診察予約をとる。
正直この時点でも結構しんどかったので入院したかったけれど、独歩できてるから無理なのか、、と思い彼氏に迎えにきてもらいまたも帰宅することになりました。
さて、長くなってしまいましたが、次回やっと入院の巻。
私が難病と診断されるまで⑥ - ゆるいのゆるく難病と生きていくためのあれこれ
につづく。